2015年度趣旨
日本の役割と新秩序の構想
―”新型”脅威の登場と進行するパワートランジションの中で―
戦後70年を迎え、日本は今、国際的役割を巡って大きな転機に直面している。
今年に入って起きた邦人殺害テロ事件は、我々日本人にかつてない衝撃と危機感を与え、日本もまた国際情勢の激動がもたらす影響と脅威の渦中にあることを教えた。冷戦終結後10年続いたアメリカによる国際秩序の一極構造は2001年の9.11テロを境として崩れ始め、以後、従来とは次元を異にした国際環境の劇的変化が進行している。
そうした変化の中で最も象徴的なのは、安全保障上の脅威となる主体が国家だけではなく非国家もなり得ることである。例えば、邦人を殺害したイスラム過激派組織は、2014年6月に「イスラム国」建国を宣言し、西欧出身者を含む2万人を超える外国人戦闘員が合流し、着々と支配地を拡大している。しかも、こうした動きに呼応した他国のイスラム過激組織の活動も活発化し、深刻かつ想像を絶した事態が続いており、国際社会を巻き込んだ国際安全保障上の重大問題となっている。さらにグローバル化の進展や技術革新によるテロリズム、サイバー攻撃、大量破壊兵器の拡散も加わり、今日の安全保障環境は予測困難で不確実性の高い人類史上未体験の様々な”新型”脅威にさらされているのである。
一方、ウクライナ情勢の展開や北朝鮮核問題、中国の不透明かつ大規模な軍備拡張、新興国の台頭など、国家に起因する伝統的脅威も今までにない規模で増大している。とりわけ中国及びロシアは、戦後70年続いたアメリカの国際的リーダーシップに対する挑戦意欲を隠さず、2014年3月の、ロシアによるウクライナ南部のクリミア半島の併合や、中国の埋め立てによる南シナ海での基地拠点拡大など、前記のイスラム過激組織と同様に、力による国境線の変更を強行しようとしている。
しかも、これらの一連の出来事の背景には、単なる利害の対立だけではなく、宗教・民族・文化などの価値観をめぐる妥協困難な対立が反映しており、事態はいっそう深刻である。
こうした世界の動きの中で、新秩序の確立における日本の役割とは何なのだろうか。課題は「予測困難な”新型”脅威への有効対応」「力による国境線変更への対処」「価値観対立の克服」である。
「予測困難な”新型”脅威への有効な対応」については主要国の一致団結した協力が必要であり、「力による国境変更への対処」には、それらを抑止する力の均衡が要求される。そのためには、主要国間の国際協調や、実力を持った国による勢力均衡を維持するための努力が不可欠である。「価値観対立の克服」は最も難しい課題である。これについては価値観の統制強化が最も単純な答えであろうが果たして今日それは可能だろうか。「多様な価値観が調和し、かつ統制のとれた国際社会の実現」という二律背反的にも見える道を探ることはできないだろうか。
日本は、誕生以来今日まで、多様な民族・文化・言語・宗教が共存するアジア地域の一員として、自らのアイデンティティを保持しながら諸国と共生してきた国である。有史以来、少なくとも1500年以上、多くの外来文化を受け入れ吸収し、独自に発展させながら日本文化に融合させ歴史を積み重ねてきた国である。また、他のアジア諸国に先んじて西洋近代化を図り、欧米諸国と交流し、アジアと欧米諸国との架け橋となり、戦後はいち早く復興を遂げた、アジア唯一の先進国でもある。さらに、今日、世界主要国の有力メンバーとして、様々な分野で積極的貢献を果たしている大国であり、その地政学的位置と安全保障上の実力、及び、経済力と世界的信頼は、地域のパワーバランスを形成する有力な源として期待され、日本もそのために必要な政策変更を着実に進めているのである。
こうした日本が持つ、古来より受け継がれてきた個性と今日の世界における立場や実力は、脅威が錯綜する世界に大きな希望をもたらすに違いない。日本の特質とその価値を手掛かりに、新たな国際秩序の在り方を考え、日本のこれからの役割を考察し、その実現に向けた戦略を構想する。
文責:内野友香(第16期事務局長)